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  • 執筆者の写真JIROKEN

グローブ







秩父・木の家専門店 夫婦で営むJIROKEN工務店 土屋賢次郎です。





息子のグローブがとどきました。





最近は ショップの人が "型づけ" をしてくれるみたいですね。という事で購入から2週間の形づけ期間を得て届きました。







「初めてのグローブ」




私も覚えております。




40年以上前かあ...







私の初めてのグローブは「BEN」というメーカーのものでした。



当時 テレビでは絶好調男の中畑清が大活躍。



親に中畑と同じグローブが欲しいとお願いしました。



中畑と同じグローブがとてもうれしくて、毎晩テレビの巨人戦をみながら、硬いグローブを手にはめて パシッ パシッ とボールをグローブに投げていました。



そんな姿を見ていた母親が言ってくれました。




「そんなに野球が好きなんだあ。お父さんにお願いして、後楽園球場に連れてってもらえば?」




まだ東京ドームがない時代。いつも私はテレビをみながら、あの後楽園遊園地のパラシュートみたいな乗り物に乗れば野球が観られるよなあ。と思っていました。スタンドで野球を観戦できるのは特別な人で、大金持ちしかできないことだと思い込んでいました。




そんな野球観戦が実現。



うれしくて うれしくて... ファールボールがほしくて...



グローブを持っていきました。絶対にボールをとるんだという意気込みで...






はじめてみる球場。





まずは、芝が照明で青く光っていて、その輝きにびっくり。





そして、球場の広さにびっくり。ホームランはウソだと思いました。打ったボールが絶対あんな遠くまで飛ぶはずがないと...







応援の音にびっくり。



トランペットでの応援歌にワクワクしました。



試合前、「江川の耳はでっかいぞー!」とか「掛布の背はちっちゃいぞー!」とか言い合っていて喧嘩寸前状態。罵声や大声にびっくり。






憧れの選手達が目の前に居てびっくり。



あの中畑が目の前の一塁ベースに...

あの原が3塁に...

おー!篠塚が!

松本が!

淡口が!

スミスが!






父親が言いました。


「電車がなくなるから帰るぞ。」



私は泣きそうになりながら言いました。


「絶対いやだ!まだ試合終わってないもん!」



父:「じゃー。賭けをしよう。一塁ランナーの松本が盗塁するから、成功したら全部観よう。失敗したら帰るぞ。」




ということで賭けをすることに。



当時、"青い稲妻"と呼ばれていた松本匡選手。年間40盗塁以上も成功している彼が失敗するはずが無いと信じていました。




しかし、結果は失敗。



なくなく帰る事に。




あまりの落胆した私に父がサインボールを買ってくれました。




なぜか、憧れの中畑清のサインボールではなくストッパーだった角三男のサインボールを...








あ!同じだ...



私も息子に 彼の大好きな森友哉選手のユニフォームではなく、私の好きな松井稼頭央選手のユニフォームを着せていた!




























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